御 殿 場 線

      (1) 国府津ー松田 10.2K 1998年12月20日(日)午後雲出る

 会社のハイキング仲間と箱根湯本の旅館に泊っての忘年会の翌日、まだ前夜の酒が相当残っている状態で標記区間を歩きました、この区間は30年ほど前、まだ同線でD52型が客車列車を牽き、勾配用気動車キハ51形が活躍していた頃、写真撮影に何度か来たことがあり、断片的には歩いているのですが、昨年10月、「鉄道沿線歩き潰し」なるものを始め、今回歩き直しました、そんな訳で、歩き始めの国府津近辺では、少々足元がおぼつかなかった程で、飲み会なのでカメラも持参していません。 

   D5262  国府津機関区  1962年5月3日
11:40 国府津駅を出発、御殿場線用島式ホームは、海側の東海道本線下り片面ホーム、山側の島式上りホームに抱かれた格好で、管理はJR東日本が行う、下り①ホームに77.5KPあり。
 駅舎は海側に建ち、山側はすぐ急斜面の丘でミカン畑などがあるだけ、駅から直接出入りできず。
 線路すぐ傍のクルマの入れない細道を行き、天神暗渠(78.07K)をくぐり、
11:47 続けてすぐ地蔵前踏切(380M)を渡り、進行右手に移る、踏切脇の丘裾に光明寺入口があり、左手に国府津電車区へ通ずる、御殿場線より格段と立派な高架出入庫線が平行。
 やがて築堤に上った御殿場線から道なりにちょっと離れ、集落を抜けてまた戻り、
12:00 築堤下を抜け線路左手に、線路方向に小用水が流れる。
12:07 新幹線高架下を潜る。 
12:09 高規格道:小田原厚木道を潜り、続けて出入庫線と御殿場線も潜る、道の右手は立派な梅の古木が植わった梅林、旧い落着いた民家も点在、感じの良い散歩道の様だ。    
 なお、御殿場線1.8K地点の上り場内信号機がJR東日本との境界となるが、横に膨大な数の東海道線用車両が休み、JR東海の存在感は無きに等しい。
 2.8KP地点で道なりに線路端に出る、線路の反対側はまだ国府津電車区用地で、多数の電車が憩う。
 学校踏切(3.03K)から線路とちょっと離れたのどかな田舎道に入る、右手の丘陵とは500Mくらい距離がある。
  下曽我駅  2013年11月22日 12:45 下曽我駅着、東側に磨き上げ整備状態の良い小木造駅舎がある島式ホーム1本の小駅、3.8KPあり、駅隣にJR東海経営の小スーパあり、この程度の小駅にしては大きめの駅前広場に、富士急神奈川の路線バスも発着する。
 線路右手の小道を進み、
13:06 十二天踏切(4.21K)で線路進行左手に、この先線路沿いに小道が伸びるが、放置自転車なども転がりゴミ捨て場の感もある、どうも複線線路の片方を剥がした跡地のようだ。
13:10 梅林踏切(4.5K)を渡り線路右手に移る。
13:14 農協踏切(4.79K)で線路左手に、
13:30 小学校第2踏切に至る、6KPがすぐ傍に立つ、この先は線路近くに道が無く、線路と並ぶ草地の旧線路跡地を行った、駅近くまで来てちょっと離れた集落の道に入り、  
13:40 上大井駅着、駅舎は東側、相対式ホームの無人駅、交換可能、6.5KPあり、駅の国府津方200Mにある梅会館が有名だ。
 線路右手の小道を行く、道は時々くねる、なお線路はさすが旧東海道本線のことはあり、国府津駅を出て北に方向を転じてから殆ど直線で変らない。
  

   上大井駅 2013年4月28日
13:50 役場踏切を渡り進行左手に、ちょうど右手の丘裾に、丘上に聳え、この辺りでは目立つ存在の第一生命大井本社ビルへ通ずる取付道路が口を開ける。 
13:55 金子踏切(7.1K)からはまた線路脇の線路跡地を行くが、この辺り4~5M高の築堤で、周囲は田んぼが主だが人家も点在、住人の目が気になり途中で進行右手の道に降りる、それでも700Mくらい歩かせてもらった。  
14:11 相模金子駅着、ホーム出入口は西側のみ、やけに長い片面ホームが1本、8.2KP
あり、ホームはちょっと小高い所に位置、西側下に子供用小公園があり、水飲み場、トイレも設置、
 この先線路方向に伸びる道は無く、人家の間のクルマも通る小道を適当に何度か曲って進む。
14:30 松田入口交差点に至り、県道711号線に入る。
14:37 川音川を渡る、左300M下流で酒匂川に合流するのが見える、右150Mに鉄橋、D52型が健在だった頃は何度か通ったことがある、川音川は渋沢から新松田まで小田急線と共に流れ下るので馴染がある。 

 相模金子駅 第一生命ビルが見える 2013年11月22日



   川音川鉄橋付近 キハ1730(松田方)+519+1610+518 1964年10月11日

   D52335牽く914レ    川音川鉄橋  1964年10月11日

   松田駅(小田急側) 2008年10月11日
14:42 小田急新松田駅手前の踏切を渡り、西丹沢自然教室行など路線バスが発着する狭い駅前広場の反対側にある松田駅に到着、小田急側の駅舎は築堤下に位置、ホームは専ら島式ホーム1本を使用、山側の地平駅舎に直結する上り片面ホームは、小田急線乗入れ直通特急車両が使用するだけのようだ、10KP立つ。 




            (2) 松田ー足柄 16.7K 2000年2月12日(土)快晴 

8:12 松田駅小田急線口前を出発、小駅舎は現在新装工事中、国府津寄りのガードを抜け、活気の無い商店街をちょっと行って山側の木造平屋本駅舎前に出る、駅前広場もゆったりしているが、富士急神奈川、箱根登山の路線バスで賑わう小田急口に比しひっそり閑。
 線路進行右手のクルマの入れない小道をしばらく行き、
8:31 旧国道に入る、道の左手に松田警察署が建つ、線路は10.85K地点が相当。 
   松田駅本屋 
 小田急乗入車60253他、松田駅  2013年4月28日  8:40 道なりに国道246号線に入る、松田駅手前で一緒になり、この先沼津まで付かず離れずの関係を保つ、この辺り国道の右手は山崖の法面も多い、そのずっと上を東名高速道が行く、酒匂川は線路左下を100M程離れて平行。
8:56 村雨踏切(12.61K)で線路左手に、もう駅ホームが見える、この先谷が開け、酒匂川は200M先、そのずっと向うに富士フィルムの工場群を遠望、右手すぐだった山肌も100M程後退。 

  東山北付近  1964年10月11日
9:01 静まりかえった集落内を進み、東山北駅着、ここもやけに長い片面ホームの停留場、屋根付の小待合室と開業記念碑がホーム上に(1956年開設)、13.1KPあり、
 線路左手の小住宅街を行き、道なりに尺里川左岸の1車線道に入る、線路は右70M、7M高の築堤を進む。 

  東山北駅  2013年11月24日
9:28 架道橋を潜り新尺里橋で246号線に戻る、しかし国道はこの先陸橋で線路左手に移るので、右手の旧道に入る、線路右手70Mを真っ直ぐ平行する旧集落街を貫く街道だ。なお線路は尺里川鉄橋の手前13.9KP辺りで左カーブを14.3K辺りまで、後は真っ直ぐ駅を目指す。山北から来ると14KP辺りからの小田原平野、箱根連山の遠望はなかなかの光景だと思うが、、、
9:39 山北駅前大通りを行き、山北郵便局前を過ぎる、右手100M、100M高の山の上腹を東名高速道が行き、線路反対側を平行する筈の246号線は見えない。 

  山北駅
9:50 山北駅着、広い構内に現在ホームは島式1本のみ、しかし丹那トンネル開通前、ここに山北機関区があり、補機を付替えたことはあまりにも有名である、この街から東京方面に通う国鉄職員は戦後になっても多く、同駅発の東京直通列車がずっと残っていたことを懐かしく想い出す。広々しているが人影の無い駅前広場、駅前旅館が転身した料理屋などに在りし日の国鉄町の雰囲気が残る。標高107.1M、16KPあり、国府津駅は20.7Mだから既に結構上って来た。 
10:01 出発、山北駅前大通りを更に進む、商店街は結構長いが、活気は気の毒なくらい無い、なお駅ホームを出ると線路がすぐ掘割に入り、直線急勾配で上り出すのがはっきり見て取れる。
10:10 前方に山が迫りやまきた橋で線路左手に、16.7K地点、すぐ246号線の旧道に入る、なお、線路が287M長のトンネルに入るのは17.01K地点、
 程なく旧川村関所跡に至る、かつては小田原藩より常時4名が詰め、裏街道で江戸に出入りする旅人を監視していたそうだ。
10:20 急に右手の崖の窪みに線路が現れる、箱根1号トンネルと同2号間の約60Mの明り区間で、17.35K辺り。この先旧道が消え、歩道の無い246号線を行く、大型トラックが多くマジ恐怖を感ずる。 
10:31 四軒屋バス停前を過ぎる、線路が左崖下20Mに移っている、この先246号(この道も実は旧道)は左下に酒匂川を見ながら右山裾沿いに長大Ωカーブを描くが、線路は半島状にちょっと割込んだ感じの対岸を含み、酒匂川を2度渡って短絡する、平山踏切(18.28K)近くの対岸の小集落までは小橋もあり行けたが、その先は橋が無く、鉄橋(100M長)に18.5KPが立つのを確認して国道に引返す。
10:46 2つ目の鉄橋近くの地点に至る、先刻橋が無くて引返した小集落がよく見える。この先246号線は短いトンネルに入り、駅への案内に従い県道76号線を行く。
10:52 東名高速の下り線が7~80M直上を跨ぐ、この辺り246号線からちょっと離れただけなのに、静かな山中の雰囲気が色濃い。
10:54 鞠子橋を道なりに渡る、あとは右下20Mに線路と246号線を見ながら進み、 

  谷峨駅を見下す、右端の牧草地が見えるのは大野山

  谷峨駅   
11:10 駅舎工事中の谷峨駅に到着、ホーム相対式、駅員は無配置、下りホームに20KP立つ、駅舎の南側はすぐ山、上りホームの北側すぐを246号線が平行、田んぼがちょっとあって酒匂川、そしてすぐ山となる。谷幅はせいぜい200Mくらいだろう。 
11:23 出発、線路左手すぐの76号線を行く、線路は駅の約250M先でトンネルに入るが、道路は坑口のちょっと先で右手に移る。右100M
上の山腹を行く赤塗の東名高速が目立つ。
11:33 246号線と合流、程なく清水橋を過ぎる、ここで76号線は河内川沿いに中川温泉、西丹沢教室方面へと北に分れる、左手鮎沢川対岸の山裾を行く線路は、ちょうどトンネルの間200Mばかりの明り区間に出ている。
11:43 MEIJIFLEX工場が対岸の山を背に建つ。 
  鮎沢川はこのすぐ下流で河内川と合流  



   キハ1736(先頭) 駿河小山-谷峨  1962年5月3日 

 この先で静岡県に入る、大きな富士山が写っている筈だが、、
11:48 諸淵隧道を抜ける、この日初めての道路トンネルで約250M長、立派な歩道あり、谷峨より先は一転歩道が設けられている。
12:07 新鮎沢橋で静岡県小山町に入る。
12:15 394号線が分岐、線路に近い所を行くので入ってみる、途端に交通量が少なくなり歩きやすい。左手崖下を鮎沢川が流れ、発電用の小ダムもある。 
12:42 BVDと称するフジボウの工場用地に入り、歩行者専用の年季の入った幅広の木造橋を渡る、正門に「通り抜け禁止」とあったが、おばあさんが渡っているので後に続いた。
 おばあさんに付いて右に曲り、25.2K地点の踏切まで行って引返し、
12:46 駿河小山駅に到着、駅舎は2階建、1階はトイレ、2階に出改札口、小ぎれいな待合室、それに小キオスクまであった、ホームは島式1本、24.7KPあり、対岸は休業中のフジボウ工場が全てを占める感じがする。
 なお線路は谷峨駅より、谷峨寄りの2つのトンネルを含め、一貫して鮎沢川右岸の山裾を来た。
12:55 出発、先刻引返した踏切を渡り、線路沿いの道を進む、ちょうど第3小山踏切(渡らず、25.7K)脇の、荒れた住む人のいないフジボウ社宅前で道は行止り、鮎沢川を渡り街道然とした道を上る、線路は踏切の先、山裾沿いに左カーブして姿を消す。 

  駿河小山駅  2013年11月24日

   駿河小山駅
13:13 駅横とは別のフジボウ工場正門前を過ぎる、この辺り水が豊富で、右手の丘から小さな流れが幾つも音を立て躍り出て道をよぎる、流れは早く水量も多い。
 この先左の細道に入る、沿道は集落と畑地、対岸の低い所を線路が、中腹を東名高速道が行く、振り返れば西丹沢の山々が陽光に輝き、気分が高揚する。
13:22 明倫小学校を左手に見る、この学校は車窓からもよく見える、キロ程は確認漏れ。 
13:41 西丹沢山塊がとてもきれいで思わず写真を撮る、こういう時って、後できまってがっかりするのだけど、、、場所は小学校より約1K、鮎沢川対岸まで3~400M、下の流れまで80M程、この辺りも水が豊かで、至る所で瀬音が聞こえる。
13:47 道なりに東名高速道をくぐる、上の路面まで80M、なお線路が潜るのは約500M手前の27.23K辺り、この先しばらくして149号線に入り線路右手すぐを進む、100M程で28KPを過ぎ、続いて鮎沢川を渡り(28.1K辺り) 

  

  足柄駅付近  2013年11月24日
14:05 足柄駅に到着、有効長の長い島式ホームが1本、御殿場方に29KPあり、元の信号場を国府津方に150M移動させて駅に昇格させたそうだ、ホームからは富士山、西丹沢山塊、そして箱根金時山の眺望が良い、
 駅南側すぐの丘斜面に階段上に住宅が建ち、右手も150Mで緩斜面の低い山、狭い平地に国道が行き、住宅も多い。
 
 素晴らしい天気のなか、山々の景観を堪能しながら上り電車を待つこと約40分、やって来たのはクモハ312-3012、313系初乗車となる、きつい片勾配も定速走行装置で115系に比し楽々とこなすのが、老鉄っちゃんにはなんとなく物足りない、入社したての頃、そろばんで小半日かけた集計業務を、パソコンであっという間に答を出された時のあの気持ちを味わう。帰宅は16時40分、本日の万歩計は27591歩でした。 



         

           (3) 足柄ー裾野 21.8K 2002年11月4日(月)快晴

 昨夜の天気予報が「今日は晴れるが風が冷たい」だったので、このところ頻繁に出掛けており、久し振りに家で休もうとゆっくりしていたら、外は素晴らしい快晴、時間的に今からでも行ける所というと、標記区間くらいしか残っておらず、急遽、時刻表も調べずに飛出しました。
 松田駅ではちょうど上りの「あさぎり」が入って来ましたが、小田急線内を引継ぐ小田急側乗務員は、駅前小広場を隔てた小田急線の新松田駅内に詰所があるようで、自分と一緒にJR改札口を抜け、①番線に急ぎました。 
9:28 足柄駅を出発、線路右手すぐの道を進む、道の右手に新しい戸建て住宅が並ぶ。
9:35 道なりに街道に合流、ちょうど29.5KP
が立つ、なおホーム御殿場方に29KPあり。
9:43 「金時山近道」の案内板に従い左折、80Mで跨線橋、30KPが立つが、左手沿いの道は30.1KPまで、また分岐点に戻り街道を進む、この先線路を左下に見ながら上り、小峠を越える。 
10:01 桑木踏切(30.79K)に至る、ここから線路右手すぐを行く、道の右手に古い農家が点々、しかし道は右の丘中に入り、線路へと踏跡を下り、

  足柄駅 勾配途中にある
10:08 桑木用水橋梁(31.16K)を抜け、線路左手の細長い田んぼの畦道を行く、浅い谷が先すぼみになり、鮎沢川に行手を遮られ、線路脇に平行する複線時代の旧線路跡へと築堤をよじ登る。
10:19 草むらを掻き分け旧線路跡地を進み、31.5KPを過ぎる、
10:26 32KPを過ぎる、右手10M上に白いガード柵が見え道路がある様だがちょっと上れない、左手にも手摺があり、その下は鮎沢川の流れ。
10:28 高速道路が線路を跨ぐ、32.2K辺り、ちょうど橋脚補強工事を施行中で、交通整理の警備員が出ている、この先は線路方向に道路が伸びる。 

  八尻踏切より金時山(中央)を望む、反対側は箱根仙石原 
10:37 三叉路に出て線路方向へと右折、200M程で鮎沢川を渡り、八尻踏切(渡らず、33KPあり)前に出る、金時山がよく見え、富士山の派手さは無いが写真を1枚、この先線路左手すぐに2車線道が伸びる。
10:54 狩屋踏切(33.6K)を過ぎる、「パレットごてんば」という照明付きサッカー場が右手すぐで、少年グループが試合中、この先砂利道が線路左手に沿う、旧線路敷地の転用。
11:02 横道踏切(34.03K)を過ぎる、この先線路沿いの道が消え、左に線路からちょっと離れ、東田中3丁目の住宅街に入り、適当に歩いてまた線路近くに戻り、 
11:16 小川の清流に細った鮎沢川鉄橋脇に戻る、34.53K地点、138号線バイパスの跨線橋がすぐ近い。
11:29 138号線(本道)の跨線橋下に、この先道は行止り、歩行者・自転車専用踏切が跨線橋下にあり線路右手に、35.1K辺り、駅はもう300M先に見えている。 



   足柄ー御殿場 1964年10月11日

   小田急キハ5002 足柄ー御殿場(国府津起点34K地点) 1964年10月11日

                              1964年10月11日



  御殿場駅 
11:35 御殿場駅に到着、上り片面、下り島式ホームの橋上駅、賑やかなのは御殿場会館ホテルのある北側の富士山口。富士山と箱根外輪山に囲まれた広い高原状の沃野といった感じ、標高455.4M、キロ程見当らず、営業キロは35.5Kです。
11:52 出発、進行右手の駅前通りを行く、出だしの商店、住宅が多い駅近くの区間は歩道が無いのが気になった、県道は谷峨駅近くで歩いたことのある394号線。
12:06 避病院踏切(36.85K)を過ぎる、もう線路ははっきり視認できる急勾配で下っている。 
12:15 東名高速道を潜る、線路は左10M、37.2KPあり、この辺り車内から上り方を見ると、37.5K辺りから旧線路敷が資材置き場などに利用、あとも種々簡易倉庫などに利用され御殿場駅まで続く。
12:24 38KPを過ぎる、富士山の頂上部分がちょうど西側:真横に来る。 
12:27 南御殿場駅着、片面ホームの無人駅、38.2KPあり、394号線がすぐ右手を行く、ここからも富士山が真横に見える。
12:32 出発、
12:38 道なりに富士岡架道橋を潜り左手に、38.76K地点、この先線路から少々離れる。
12:51 線路左手を行き、中山上バス停(富士急)を過ぎる、
 この200M位先の右手が富士岡小学校、標高370Mと表示あり、近くにJAごてんば富士岡支店、地場のスーパーなどあり、40.2K辺り相当。 

  南御殿場駅

  富士岡駅
13:02 富士岡駅着、ホーム島式、駅員1名、40.7KPあり、もう金時山は全く見えず、富士山も後ろに退いた。
13:24 駅前のJR経営の駐車場で、御殿場駅で購入した鱒姿鮨弁当で昼食後、出発、余談だがこの頃姿鮨を目にしなくなった、米原駅のマス寿司もいつの間にか頭と尻尾が消えた、「若者が魚の目玉をいやがるから」って本当かな?
 住宅街の小道伝いに線路方向に進むも程なく394号線に押出され、ちょっと進んでまた懲りもせず(?)、線路方向の道を見付ける。 
13:42 急に旅館、料理屋、そして特にスナックが密集する狭い地区に出くわし、変だと思いつつ廠舎踏切(41.6K)前に出る、渡った先100M足らずに建物群があり、門前に制服自衛隊員が立つ、自衛隊の修繕工場で、踏切名の云われもこれで判った。
13:48 リンナイ御殿場工場が道路方向に100M、線路まで150Mと広大な用地を占める、42KPを帰路車内より確認。
 この先はこれも広大な県企業局造成の「富士見原住宅団地」、田んぼを潰して造成した跡が残り、一部で建築の槌音が響く、65坪:1997万円など、区画ごとに値段が付いていた。
13:57 掘割7~8M下を行く線路端に出る、草むらが邪魔してキロ程は見えず、住宅団地は線路沿いに500M程、併設の富士見公園もあり、岩波方は既に入居済みの住宅も多い、岩波方にあるコミュニティーセンターの案内図に、岩波まで3K、富士岡まで2Kとあった。 
14:05 団地の端を東西に仕切る新設道路が線路を跨ぐ「富士見原大橋」跨線橋に至る、下の線路に42.7KP、246号線まで70Mばかり、跨線橋は平成12年3月完成とある。
 246号線を行くも、下り線の場合大型トラックが駆け下り、その轟音が物凄く、田畑の中の砂利道農道に入る。
14:23 結構長い間、林と畑の中を行当りばったりに歩き、集落名を取った神山保育園を道の左に見る、まだ駅まで2K近くあるよ、、、
14:37 浅間神社を右手に見て過ぎる、風が急に冷たくなって来た、予報通りだが、これまで無風だったのは儲けもの。
14:43 関東自動車工業の大工場が始まる三叉路で246号線に入る、この手前200Mに神山架道橋があったが、44.34K地点。なお関東自動車工業は246号線沿いに700M余りを占めた。
14:53 駅への案内に従い左折、駐在所、裾野岩波郵便局がある。
14:58 岩波駅着、2階建の新しいガラス張り橋上駅舎で、ホームは島式、45.5KP立つ。
15:05 出発、駅前の線路方向に進む道を5~6分、深良新田バス停で246号線に入るが、すぐ左手の住宅街を巡る細い旧道があり、それに逃込む。
15:30 道が無くなり、深良上原三叉路で裾野市街に通ずる394号線に押出される、岩波駅から約1.3K地点だ。
15:42 長蛇踏切(渡らず、47.7K)に至る、踏切渡った所にグランドあり、この先線路右手近くを行って、 

  岩波駅

   震橋踏切より富士山を望む
15:45 道路が東西に線路を跨ぐ、47.9K地点、この先線路脇の旧線路跡に道があり、それが消えると線路右下の田んぼの畦道で前進、
15:50 震橋踏切(渡らず、48.25K)に達する、夕日を浴びた富士山が美しく写真を撮る。
16:05 集落の中をうねる道を行き、左手、畑の先80Mに49KPを見る。
16:12 東西に走る広幅の道とぶつかり左折、すぐ三島信用金庫前を過ぎ、3分で若狭森踏切前に出る、49.7K地点、脇に裾野日赤病院が建つ、この先線路右手に沿って道が伸びる。
16:20 50KPを過ぎる、線路の両側は住宅が建込み、結構大きな街だった。 
16:26 裾野駅に到着、島式ホーム1本、改札口直結の上りホームを廃止した跡がはっきり残る、50.6KPあり、標高123.7M、御殿場駅の455Mから300M以上下ったことになる。 
 



      (4) 裾野ー下土狩 4.9K 2002年11月27日(水)快晴
7:52 前回、周囲が暗くて撮れなかった駅写真を撮って裾野駅を出発、ここまで来ると富士山も箱根外輪山もやや後方に退き、駅名通り富士の裾野の広大な平原が展開する。
 線路右手すぐの道を行き道なりに街道に出る、ちょうど通勤時間帯で、特に踏切近くで小渋滞が見られた。
8:02 平松踏切(51.2K)で道なりに線路左手に移るが、街道を行ったのは僅かな時間で、51.4KPからは線路左手すぐの細道を進むも、住宅伝いにカーブが多く、左手を行く街道沿いに結構大きな工場も見える。

  裾野駅
8:25 裾野市営グランドが左手すぐ、右手はすぐ線路、52.5KP立つ。
8:28 第2水窪踏切に至る、52.68K地点、踏切右手に「静岡トヨタ裾野」の白い建物が、この先小川沿いの遊歩道が線路方向に伸びるが、橋が無く引返す羽目に、この川が裾野市と長泉町の境界らしく、例によって往来が不便だ。
8:36 踏切に戻り線路右手の街道で小川を渡り、水窪踏切また線路左手に、52.83K地点、150M進むのに8分要してしまった。
8:45 「東邦テックス三島事業所」の大工場前に出る、大煙突が4本、1本が白煙をモクモク上げる、この煙突は裾野駅からもはっきり遠望された、もう次駅が100M先に近い。 

  長泉なめり駅
8:49 長泉なめり駅に海側から到着、自由跨線橋を渡って駅舎前に、片面ホーム、沼津方に53.5KP立つ、先刻ちょっと歩いた街道が右60Mを平行、その間はガーデン付きの駅前広場として整備されている、今年の9月7日に開業したばかりの新駅、なお、「なめり」は納米里と書きます。
9:02 駅前ベンチで小休止の後出発、線路左手すぐの小道や公園の端を進み、住宅街の道に入る。  
9:17 長泉町役場が線路を背にして建つ、3階建、白塗りの建物、近くには町立長泉小学校もあり、役場の向いは小公園、54.6KPを帰路車内より確認。 
9:26 役場の周囲は一部狭い畑がサラリーマン住宅の中にまだ残り、ノンビリとした感じが気に入り、天気も良いし、ここでも小休止後出発、今日は次駅で終了なので気楽なものだ、、、
9:34 藍壺(あいつぼ)踏切(渡らず、55.25K)を過ぎ、もう駅が250M程先に見える。
9:36 下土狩駅に到着、ホーム島式、55.6KPあり、山側はすぐ畑地、その先は住宅街で、街道からクルマの走行音が聞こえて来るが街道は見えない、富士山の眺めも良い。
 なお同駅は、駅は東海道本線の三島駅まで1.2K程、丹那トンネルが完成する1934年まで、三島の玄関口として駅名も「三島」を名乗っていたことはよく知られている。 
 なおこの先下土狩から沼津駅までは営業キロで4.6K、線路は東海道本線の北側を平行、最大でも500M程しかなく、沼津に近付くに連れ、注意すれば車窓からもお互いの姿が垣間見える程で、自分は2000年11月18日、函南から沼津まで東海道本線を歩いた時、併せて訪問しており、記録も東海道本線の項に載せている。 


 本日のコースが午前中に終ることは折込済みで、あとは御殿場駅最寄りの日帰り温泉を訪問、富士山を眺めながらお湯に浸かってゆっくりして、御殿場線完歩の思い出にしようと考えていた。御殿場駅到着が10:21、ネットで調べた無料送迎バスは10:30発、「全て順調に進んでおり、天気は最高、気分も上々」、と思ったが、やって来たのはミニマイクロバスで定員は9人、お爺さん1人と自分があぶれた。「20分で来ますから、、、」ということで、お婆さん連に「澄まないねー」と手を振られながらバスは出発、再びやって来たのは11:00だった。お爺さんは頭に来たのか、路線バスにしたのか姿を消してしまい、運転手付きのマイクロで温泉に、所要10分、11:10の到着だった。  

              御殿場市温泉会館  11:15~11:55在 ¥500  


  御殿場市温泉会館   
場所:駅の乙女口から138号線(本道)を目指し、ぶつかったら右折、小川を渡って斜め左の道に入り、蘆沢神社を左に見て138号線(バイパス)を右折400M、東名高速を潜り更に400M、青少年会館前を過ぎ、左に富士カントリー倶楽部を見ながら上る。
 自分は帰路にこのコースを取り、方向感を失わずに下り片勾配を歩いて、48分で到着したが、逆コースだと青少年会館から先がちょっと判り難いかも、、、もっともそのまま138号線を行っても、10分くらいの損で済むと思う。 
建物:平屋建ての簡素な造り、市営温泉としては狭い方、大広間、個室休憩場があるが、調理場が無く、料理の持込は出来る、ビールは自販機で買う、300円(350ミリ)

    温泉前から富士山を望む



   
風呂場:富士山側が全面ガラス張りになっている、湯船は16帖敷程のが1つだけ、15人位入れる、湯船前方左右に各1つ、お湯に隠れた富士山展望用の丸椅子あり、気泡風呂、打たせ湯は勿論、サウナ、水風呂も無い。
浴室からの眺望は最高、大きな富士山がイヤでも目に飛び込み、最高の天気のなか感動さえ覚える、御殿場市街、東名高速のクルマの流れなども、100Mくらい標高差があるからよく見える。
お湯:乙女1~3号の源泉があり、最高温は46.8度、湧出量は計128.6L分、PHは8.0~8.5、ごく普通のお湯で、あまり期待しない方が良い、湯温は42℃くらいか、長湯が出来ないように設定されているかも、、、 
その他:ここのウリは浴室からの富士山の眺め、ただ主浴槽が1つだけ、供食設備も無いから長居の可能な雰囲気は無い。