大 阪 環 状 線
 大阪環状線21.7Kの歩き潰しは、99年3月から09年12月にかけ、前後5回に分け実施、ずいぶん長期間に亘ったが、いつでもやれると簡単に考えていたこともあろう。全線平坦な市街地を行く沿線は地形的に変化に乏しく、高架線部分が大部分だから線路状況を観察できる機会も少ない、また市街地裏手のうらぶれた地区も結構通る。  
       (1) 大阪ーー森ノ宮 5.9K  1999年3月5日(金) 曇り
 前日、勤務する会社のグループ会社経理担当者会議が神戸であり、解散後大阪駅内のホテルに移り宿泊、今日は大阪・名古屋の各営業本部を訪ね、簡単な打合せをする用件を作った。その前に早朝ウォーキングを兼ね大坂環状線沿いに歩く予定で、シューズも持参している。
7:10 ホテルの部屋に荷物を残し、持参の運動靴を着用、ロビー隣接の大阪駅を出発。阪急百貨店名店街の広い通りを抜け、映画館センター脇を過ぎれば、進行左に大坂環状線の高架を見上げながら進むようになる。
 やがて高架線の左手に移ると、小型倉庫等が高架下を占め、この辺りで線路は進行右手に大きくカーブする。
 急に小規模問屋、工務店などが現れ、仕事に向う小型トラックが数台細道を塞ぐ、その間をすり抜けるように前進。 

   天満駅  2015年1月10日
7:27 天満駅着、高架下の改札口は8つ、なお駅ホームは単式ホームが2つ並び、そ
の点では首都圏成田線の東我孫子駅と同じ。
 高架右手下の中規模ビル街をまだそう多くない通勤者と一緒に進み、やがて運河の縁に出
て、源八橋で大川を渡る、橋の右手700Mに大阪城が見えており、橋を渡れば次駅は近い。
大阪の人はせっかちなのか、青信号になる5秒前には確実に動き出す。 
7:43 桜ノ宮駅着、大阪方の改札口は5つ、天王寺方にも改札口あり、
 盛土3M上を行く線路を左に見て、住宅と中小の問屋さんなどが並ぶひっそりした道を進む、頻繁に過ぎる電車は、この辺り赤塗りの103系を中心に草色の103系、赤い201系など。
 やがて広い通りを渡ると古びた住宅街に入り、いわゆる木賃アパートも多くなる。やけに派手なラブホテルも数軒寄りそって建ち、その前を通学の女子中学生などが全く無関心に元気よく過ぎる。
 やがて高架線右下を沿うゴチャゴチャしたアーケード街に入ると駅は近い。

   桜ノ宮駅  2015年1月10日
7:58 京橋駅に到着、ホーム天王寺方に17.5KPあり(帰路確認)数えてみると23もあった改札口の脇に、10名もの駅員が立ち、「おはようございます、、、」と乗客に声を掛けるが、これって何か実質的な効果があるのかな?
天王寺方の駅西口を過ぎ歩行者専用道を行く、ちょうどラッシュアワーの真っ只中で、通勤者が列を成して進む。右手下が東西線のトンネル出入口に当たり、自分は初めてなので珍しく目をキョロキョロ。
屋根付の歩行者専用橋で運河のような寝屋川を渡る、鉄橋は左手上流300Mを行く。専用橋は再開発地区のビル街に通じ、住友生命、フジテレビ、KDDなど,一流会社が目白押しだ。
 また線路端に戻る、この辺り線路は地平を行く。 

   大阪城公園駅  2015年1月10日
8:28 大阪城公園駅着、相対式ホームの橋上駅で、地平レベルにホームがあるのは環状線内でこの駅だけとのこと。駅コンコース下のJR系小喫茶店「FLONET」でモーニングの朝食、15分。
 線路右手すぐに平行する「玉造筋」を行く、線路の向う側は森ノ宮電車区の広い留置線が占める。 

8:56 森ノ宮駅に到着、高架相対式ホーム、15.8KPあり、直ちにホテルに戻る、乗車したのはサハ102-5、103系の若番車だった。 
  
 
      (2) 新今宮ーー森ノ宮 5.8K   2000年2月16日(木) 快晴
 今年もまた神戸でグループ会社経理担当者会議が開かれた、この会議に在京会社が参加する場合、翌日は”移動日”になっている、それで会議終了後の懇親会を適当にこなし、所用のあるような顔をして、本日中に帰京する「本当の働き者(?)」の後に付き会場を去り、梅田経由地下鉄で難波に出て、駅前のビジネスホテルに投宿、料金は込みの¥6,300、会社指定のホテルなら、設備は格段に立派だし、金額もちょっぴり高いだけ、これまで楽をさせてくれた会社の有難味を改めて痛感する。 
8:06 南海電鉄難波駅が収まる高島屋デパートビルを出発、やがて道の右手上が南海
本線の高架となり、しばらく駅から続く通勤者の流れと一緒に歩くが、気が付けば自分1人だけ
になる。
さらに高架線沿いに進むと、日雇い労働者なのかホームレスなのか区別があいまいな男性が
多くなり、1泊900円とか1,500円の看板を掲げた安宿が目に付くようななる。
8:28 新今宮駅着、この駅は南海とJR線がL字形に頭を突合せ、改札口は数十M離れ対峙する格好、この時間は南海からJRへ乗換客が多い、JR駅の改札口は14。
 さてここから大阪環状線の歩き潰しが始まり、幅広のあびこ筋に入る。この道は大阪駅より主に南方向に進んできたが、このちょっと手前で東に方向転換、天王寺を目指す。
 あびこ筋を環状線を左に見ながら進む、簡易宿泊所が並び、僅かな物陰を見付け、汚れ切った毛布を被りまだ寝ている人もいる。道端では懐中時計、ビデオなど多様な商品が売られる。   

  あびこ筋に架かる南海本線新今宮駅 ’09.12.16

   天王寺駅  2015年1月10日 
 右手の高層ビルは大阪市立病院、直接道路に面し今時の病院としては無愛想、この辺りが労働者の街として有名な「あいりん地区」、よそ者は少々緊張する。、線路の反対側は市民の憩いの場:天王寺公園、動物園だ。

8:50 天王駅着、駅舎は駅ビル内に取込まれ、阪和線、関西本線、それに地下鉄御堂筋線等も加わり、交通の要衝なことはすぐ分る。

 ここからは駅の北側、線路左手を進む、商業ゾーンは短く、中小ビルや住宅の入混じる地区に入る。大阪教育大付属中・高校前を過ぎると駅は近い。 
9:06 寺田町駅着、高架相対式ホーム、天王寺方の改札口は教育大正門と向い合い、京
橋方の商店街近くにも改札口があり、こちらの方が賑やかだ。
 さらに環状線内側沿いの道を行く、周囲は住宅街、下町の雰囲気が漂う。 

   寺田町駅  2015年1月10日
  桃谷駅  2015年3月13日 9:25 桃谷駅着、ここも高架相対式ホーム、改札口は1つだが、前駅に比べると駅周辺は
幾分賑やか、商店街も大きい。
 高架内側沿いの道を行く、ちょうど中間辺りに小学校があり低学年の体育授業中、生徒数が
15人ほどしか見えない都心の学校だ。 
9:36 駅手前から薄暗いアーケード商店街に入り、鶴橋駅西口着。ご存じ近鉄との乗換駅
で、環状線の相対式ホームは3階レベルを占める、14KPあり。
駅前横丁には小商店がひしめき合い、焼肉屋、ホルモンの店がやけに多く、独特の雰囲気が漂い、旅心をくすぐる。
環状線沿いに伸びる駅前商店街を行く、ここも焼肉屋が多い、そろそろ終るのかな、、、と思ったら、そのまま次のアーケード街に入る、「玉造日之出通商店街」と看板がある。 

  鶴橋駅  2015年1月10日
  玉造駅  2015年3月13日  9:52 玉造駅着、高架相対式ホーム、15KPあり、改札口は8つ。
天王寺駅から続いた高架内側の道がこの先なくなり、高架右下、あるいはちょっと離れた道を
行く。周囲は住宅、そして中小工場が混在する地区だ。
 なお案内図を見て気付いたが、天王寺駅付近から京橋駅手前まで、大阪環状線は区境沿いに敷かれている。 
 

   森ノ宮駅  2010年10月7日
10:02 森ノ宮駅に到着、今日は予定通りこの駅で切上げ、大阪駅に急ぎ、同駅10:30発の新快速を捕まえる。これだと米原、大垣と乗り継ぎ、名古屋到着は13:05、午後の仕事に都合が良い。ちなみに新幹線開業前、急行霧島は10:22に大阪を出ると京都以外は無停車、それでも名古屋到着は13:06だった(公社時刻表1963年版) 




         (3) 大阪――野田 2.4K  2004年1月5日(月) 晴
 2004年の年明けに3日間、大阪近辺を歩いた。ちょうど東海道本線全線歩き潰しのゴールが見え始めた頃で、気合も入っていた。順序からすればその続きで西大路駅から上り方向に歩くのだが、真冬のことで、琵琶湖岸の冬枯れの田んぼなどかなり寒そうだ。それで暖かそうな大阪から神戸を目指すことにして、その際併せて歩いたのが、大阪環状線と桜島線、それに97年開業の東西線だった。 

 文字通り満席だった臨時ながらの夜は、停車駅ごとにやけに車内を歩き回る若者もおり、よく眠れなかった。今日は「仕事始め」だが、米原から乗った通勤快速の車内にそんな雰囲気は感じられず、皆押し黙り新聞を読むか、寝入っている。  
8:18 コインロッカーに余分の荷物を預け、大阪駅桜橋口を出発, 中央郵便局から大弘ビルにかけては、会社の営業本部があった関係で何度も来たことがある。
 当時よく昼飯などご馳走になった阪神ホテルは最近オフィスビルに変身、下の階には「GUCCI」が入居していた。新しい安田明治生命ビルは覚えがないが、毎日新聞ビルは同じ場所に旧ビルがあったと思う。これまた新しく豪華な25階建て阪神ホテル前に出れば福島駅はすぐだ。 

   福島駅 2015年1月11日
8:38 福島駅着、高架島式ホームの野田方に1.1KPがあり、駅は東海道線から分れたばかりの所に位置、両線の間は100Mほど、東海道線は557.3K辺りが相当する。 

 この先野田駅まで環状線の高架内側沿いに道がありそうだが、今日はこの後、東海道線、それと近接する東西線沿いに歩く予定で、それこそ「無駄足」を避けようと、いろいろプランを練った、この際関係ないので省略する。 
9:38 高架島式ホーム1本の野田駅を出発、ホーム西九条方に2.5KPあり。
 環状線の内側を大阪方に歩き、地下鉄千日前線玉川駅、新なにわ筋を過ぎ、福島税務署を見て、曽根崎通り(国道2号線)を福島4丁目交差点で渡る。渡った先を阪神線が横切るのを迂回して高架下に戻ると道は裏通り然となり、福島駅に至る。 
10:00 福島駅着、この後は東海道線の北側に回り、線路沿いにまずは淀川べりを目指し、大阪環状線歩き潰しは、福島駅でひとまず終了した。
   野田駅ホーム西九条方から、2015年1月11日 

 


       (4) 野田――芦原橋  5.8K  2004年1月7日(水) 晴
 5〜6日の両日で、大阪から神戸までの歩き潰しなどが終了、今日は帰京する、年金爺さんの悲しさ、青春きっぷで帰るとなると、大阪13:30発の新快速が「最終」となり、これだと行動時間は5時間位しかない。まずは東西線で残った京橋から北新地間を潰し、次に桜島線を訪問、続いて環状線の完全歩き潰しも狙ったが、これは短区間を残し不首尾に終った。  

  野田駅  2015年1月11日  
6:25 大阪厚生年金会館ホテルを出発、京橋駅に出て、東西線沿いに歩いて北新地駅を目指した、詳細は省略。
8:42 大阪環状線:野田駅を出発、高架線内側すぐ下の道を行く、高架下の利用業態は進むにつれ倉庫、小規模車庫などが多くなる。9:00 西九条駅着、周囲に小商店などが乱雑に建ち並び、高架下の駅自体も古びて薄暗く元気がない感じ、島式ホーム2本の外側を上下環状線が行き、ホームに挟まれた真ん中の細長い単線に桜島線が入る。つまり両線の乗換は同一ホームで上下線とも可能だ。大阪方を見ると、直線線路の先に野田駅ホームが見える、3.2KPあり。 
9:16 西九条駅を桜島方面に向け出発、桜島線については後述します。 
11:17 再度西九条駅を出発。環状線高架の内側を進む。
11:24 安治川鉄橋の袂に、堤防沿いの道路上が4KP地点だ、橋は見当らず、東の上流方向に進むこと400M、川底に通した歩行者・自転車専用連絡道がある。職員が1名張り付いたエレベータ―で地下16M、自動車道と完全分離された連絡道に、長さ80M。
11:40 安治川鉄橋の弁天町方に達する、この辺り対岸も然りだが、、スクラップなど山積された中小零細鉄工場が多く、周囲は殺伐として気楽に道など尋ねる雰囲気でない。

   西九条駅  2015年1月11日
 さらに高架線内側近くの道を行き、広幅の自動車道を渡ると大きな公園が現れ、その横には市営住宅団地も建つ、弁天町架動橋には4433Mとあり、ということはまだ駅まで700Mくらいある。 

  弁天町駅  2015年1月11日
11:54 弁天町駅着、高架ホーム下の東側全体を交通科学博物館が占め、C62、キハ81、クハ86など懐かしい車両が展示されているのが見える。寄りたいが時間が無い、、
 この先高架外側沿いの遊歩道を行く、この道5.18K〜約400M続き、その先は東西方向に走るみなと通り沿いに600M、しかしそこで環状線は南に急カーブ,住宅密集地区に入
る、すると平行道路が急に消え、線路を追っかけるのが大変だった。   
12:18 線路がほぼ直線に戻った6.5KP地点で前方に巨大な大阪ドームを見る、そしてすぐ尻無川を渡り、
12:24 大正駅着、高架相対式ホーム、弁天町方に7KPあり。駅の周囲はゴチャゴチャして風俗店も多いが、一方沖縄料理店などもあって、それなりに秩序だっており、そう怖い場所でも無さそう。
 駅を出ると線路はすぐ木津川を渡る、人が渡る橋は下流150Mにあり、ちょっと遠回りして第2久保吉架動橋で線路端に戻る。なおこの架動橋のキロ程標記が4433Mになっていたが、これは明らかに7433Mの間違い、昨今の大会社はどこでも下請け業者任せで、この種の間違いは時々目に付く。
 この辺りから急にホームレス的な人が多くなり、南海汐見線の地平踏切を渡れば駅が近い、環状線が南海を跨ぐ地点に8KPあり。   
   大正駅  2015年3月13日
 
  芦原橋駅  2015年3月13日
12:44 芦原橋駅着、ホームは高架相対式、弁天町方に8.2KPあり、出入口は1つ、改札口4つの小駅だ。駅の脇を国道25号線が平行、ホーム天王寺方出外れをなにわ筋がくぐり、大型車両の走行音が絶えない。
 帰りの時間が気になり、駅の観察もそこそこに大阪駅に戻った。 



    (5:完) 芦原橋――新今宮 1.8K
  2009年12月16日(水) 薄曇り

 30代後半の長女が結婚、来年5月には初孫も生まれる、それで老母が願をかけた出雲大社にお礼参りの代参に詣で、その帰り大阪に寄った。今回は途中餘部鉄橋の最後の姿を頭に刻んだりはしたが、自分としては珍しく鉄道趣味とは距離を置いた旅になった。しかし時刻はまだお昼過ぎ、このまま帰る手はない、そこで僅かな距離を残したまま初回から10年が過ぎた大阪環状線の完全歩き潰しをすることを思い立つ。 
13:06 芦原橋駅を出発、駅の写真を撮ろうと国道25号線の歩道から狙ったが、大型車を中心にクルマが非常に多く、思い通りに撮れなかった。
 なにわ筋を渡ってからは高架線の外側を行く、市営団地が数棟混じる住宅街で、意外に静かで道行く人の姿も少ない。 
13:15 程なく今宮駅着、前駅から600Mしかない、ホーム芦原橋方端に8.8KPあり、この駅は関西線の上下線と環状外回り線のホームが2階レベルにあり、その上に環状内回り線片面ホームが乗っかった格好で、少々戸惑う。なお同駅の1日平均乗車人員は環状線内最低、5,000人を少し下回るらしい。  今宮駅から高架線の内側を行く、そし御堂筋線と四つ橋線が地下を走る国道26号線に出て、ガード下を高架右手に出る、ちょうど9KPがあるのは以前確認済み。
   今宮駅
 
 この辺り今宮駅前では得体のしれない男性が数人立っていたし、昼間なのに女性の姿が極端に少なく、自転車で通り過ぎるのは黒っぽい服と帽子を被った熟年の男性が殆どだ。
 しかしガードをくぐってすぐの角に今宮工業高校が建ち、定期試験を終えた下校生の後について高架線に近く平行するあびこ筋を行った。 
13:30 新今宮駅着。

  2015年3月21日
 この後徒歩で今宮駅に戻り、地下に潜った関西線の旧線路敷跡に造成された細長い公園遊歩道を辿って難波駅に出た。
 
 なお、JR西日本の規定では、いわゆる二重戸籍を避け、大阪環状線は天王寺駅から大阪経由新今宮までとなっているようだ。 



    (4−2) 桜島線 西九条ーー桜島  4.1K  2004年1月7日(水) 晴
 桜島線は明治初期、西成鉄道により大阪から桜島までが開通、やがて国有化を迎え西成線となる。戦後になって大阪環状線が開通すると、同線は先端部分の西九条から桜島までとなり線名も桜島線と改められた。全長4.1Kの独立路線としては珍しく短い路線だ。
自分は1968年のゴールデンウィークに、大阪地区乗り潰しの一環としてただ往復しただけで、車両がクハ101-32だった以外は記録が無い。今回も大阪環状線歩き潰しの際、併せて訪問した。

  西九条駅  2015年3月13日  
9:16 西九条駅出発、高架線進行右下の道を行く、線路はすぐ下り勾配となり地平に下り、環状線3.9K地点(支線:0.38K)で外回り線、梅田貨物線の下をくぐり、安治川右岸を西に向かう。
9:25 線路右手に広大なグランド(工場跡地かも)が現れ、その先を運河のような六軒家川が横切る、対岸まで90M、人の渡る橋は右200Mに見える。 
9:31 鉄橋の対岸袂に達する、0.77K辺り、振返れば安治川を渡る環状線のトラス橋が見える、500Mくらい先かな、、、
 やがて住宅街が切れ、住友化学の巨な工場が現れる、線路両側を占める同工場を結ぶ専用踏切が1.85K地点にあった。この辺りの雰囲気は鶴見線のそれにそっくりだ。なお1.2Kから線路はしばらく真っ直ぐ。
 直線区間が終る2KPから左手が開け、JR貨物安治川貨物ターミナルとなり、DE10型機が広い構内でコンテナ車の入替に忙しい。その先は河口に開けた運河で港湾地帯だが、水面は見えない。 

  安治川口駅 
10:03 安治川口駅着、地平島式ホーム1本の橋上駅、改札口は7、2.4KPあり、ホーム海側は貨物ターミナルの留置線が並び、「JR
貨物」と大書した貨車検修棟も見える。駅前は新大阪郵便局の大きな建物が目立つくらい。
 前方に大きな高層ホテルが2つ見え、その先、USJの大観覧車はかなり霞んでいる、天気は良いが,この辺りのスモッグはかなりきつい。一般に大阪のスモッグって東京より一段ひどいよ、、、 
 さらに線路沿いの広い道を行くが、道なりの線路左手には行かず、クルマが1台も駐車していない
広大な駐車場に入り、もう前方に見えている駅を目指す。なお、貨物ターミナルを跨ぐ跨線橋に
2.8KPあり。 
10:19 ユニバーサルシティ駅に到着、地上相対式ホームの橋上駅、駅舎は帆船をイメージして曲線を描く半透明の屋根が特徴。改札口からは人工地盤の広々としたプロムナードが伸び、JAL,京阪が経営する2つの高層ホテルが聳える。駅の左手300M、埋立地の先には広い運河も見える。 
  ユニバーサルシティ駅 2015年3月13日

 ユニバーサルシティ駅ホーム 2015年3月13日
 この先は線路を覆って造成した遊歩道を行く、右手すぐUSJの構内が見えるが、こちらからだと楽屋裏となり、軽快なBGMが流れて来るなか、表から見れば岩山に見える筈の素板の外壁を裏から支える支柱の列とか、膨大な数と規模の配電盤、納入業者専用出入口など、まさに映画会社の大セットを覗く様なもので、大変面白かった。  

   桜島駅
10:38 桜島駅に到着、島式ホーム1本の地平駅、前駅からは約800M、西九条方ホーム出外れに4KP立つ。駅改札口至近にガードマンが立つJSJ社員専用門があり、この時間、下車客の殆どはその中に吸込まれる。
 なお同駅はUSJ駅開業の01年3月、少し南方に移動、営業キロも100M伸びて4.1Kとなった。
 
 この後直ちに西九条駅にとって返し、大阪環状線を芦原橋駅まで歩き、青春きっぷで東京方面に向った。帰宅は23:15