東海道本線: 関ヶ原――柏原 近江長岡ー西大路
(30) 関ヶ原ー柏原7.1K 近江長岡ー彦根12.3K 2004年3月27日(土)晴
また青春きっぷのシーズンとなった、今季は東海道本線に残っている主に滋賀県内の未訪問区間を潰し、全線歩き潰しを達成させたいものと、手ぐすねを引いていたが、月の始めはまだ寒く、天竜浜名湖鉄道など、比較的温暖な地区を歩いて、暖かくなるのを待っていた。
昨夜のムーンライトはずっと満員だったが、当日申し込みすると、1枚残っていた、しかしクモハ373型の3-B席は最悪、眼前にあるドア部分との簡易仕切りはガラス製で、デッキに座る4~5名が気になるし、停車の度に広幅のドアから冷風が流れ込む、とても眠れたものではない、大体、この373型は夜行運用など全く考慮されずに製造されたのだろう、、、 |
7:48 関ヶ原駅を出発、進行左手すぐの県道236号線を行く、県道は緩い上り坂が続き、カーブも多い、天気は良いが、冷たい強風に逆らって歩くので寒い。右手は山まで300M、左は集落が近く、5~600Mで山、ヒバリが囀る。
8:04 松尾バス停(名阪近鉄バス)、この先斜め右に中山道の旧道に入る、線路は右30M、浅い掘割を行く、街道をちょっと外しただけで静まり返った集落の中となる。
8:10 不破の関跡、律令時代の関所で今は何も無い、この先すぐ藤下(とうげ)バス停で県道に戻り、すぐ藤古川を渡る、この辺り静かな山中の集落に沿う。 8:23 また旧道に入り、線路端の若宮八幡神社の小鳥居前に出る、425.8KPあり、右手山中に西軍の将、大谷吉継の墓があるとのことだが、線路に踏跡はあるが行かず。
線路はこの先すぐ左に90度のカーブ、新幹線は左150M、谷の反対側丘腹を行くが、樹木に遮られて見えず。 |

今須峠、左隅に残雪を入れて撮ったのですが、、、 |
8:31 新幹線高架下をくぐる、390.88K、新幹線は続いて在来線を真横に抜けるが、426.2K地点となる、線路築堤6M下に、義経の母、常磐御前の墓があり、行ってみた。この辺りから谷幅せまくなり、人家が姿を消す。
8:43 道なりに山中踏切を渡り、下り線路右手に、426.7K地点、道は上下線の間に挟まれて進む。
8:48 下り線の今須トンネルが左下に見える、427.13~302M長と読める、ここまで関ヶ原駅より、Sカーブの連続だった、R402が多い、なお上り線は青坂山(39M)、新今須(534M)の2トンネルで峠越えをするのを、帰路車内より確認。
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8:51 今須峠を越える、小盆地が見渡せるが、高低差はせいぜい30Mくらい。この先2~3分で国道と合流、下り線が右にすぐ、しかしまたすぐ左やや下に平行する旧道に入り、
9:05 駐在所前から問屋場山崎家の写真を撮る、家の裏手を国道と線路が行く。
9:17 西今須バス停前で国道に入る、先刻今須峠より見た小盆地の西端で、ここでまた丘にぶつかる、小盆地の奥行は700M程だろう、右手に近い踏切で428.91K、100M先の429KP辺りが県境で、滋賀県山東町に入る。
問屋場山崎家 → |
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柏原駅 |
9:35 人里に降り、野瀬踏切(430.1K)前に出る、この先また中山道旧道と案内のある道に入り、
9:45 柏原駅に到着、
次の近江長岡駅までは、過日伊吹山に登った時歩いているので、今回は電車で繋いだ。 |
10:08 近江長岡駅を出発、県道248号線を行く、ホーム端から250Mくらい、線路左手に茶色の地肌を露わにした大規模採石場があり、出入りするダンプカーが多く、白ペンキ仕切りだけの狭い歩道では怖い。
左手山裾を行く線路と、右手すぐの天野川に挟まれた街道を進む、右手も120Mで丘陵、この辺り住宅は無く、田んぼが展開。
特急しらさぎ用683系、485系、それに中央西線経由長野に乗入れる383系までやって来て、鉄道ファンには楽しい歩きなのだが、大型車両には気を遣う。
10:40 坂田消防本部が左に、その裏手は線路に接する、この先すぐ左折、天野川と合流する支流を渡り米原市に入る、鉄橋は左120Mを行く。 10:51 本郷踏切(438.3K)を渡り、線路左手を平行する国道21号線に入る、なお21号線は名神高速道共々、柏原駅から丘陵と天野川沿いに、Ω字の右半分の様な線を描いてここまでやって来た在来線とは異なり、丘陵を突っ切り最短距離で米原方面に抜けている。
10:57 21号線も歩道は白ペンキスタイル、たまたま線路右手の集落に抜ける地下道入口が分岐するので入ってみる、あと天野川右岸に移り、山東町の設けた自転車専用道をしばらく楽しみ、
11:04 また左岸に戻り、架道橋(439KPあり)をくぐり21号線に入る、左手80Mの丘腹を名神高速道が走る。 |
11:15 醒ヶ井駅着、駅舎内に観光案内所が入居、改札口直結のホームは柵を設け使用せず、上下線共専ら島式ホームに発着、439.8KPあり、醒ヶ井水の宿駅が駅脇に建つ、
11:37 小休止の後出発、21号線を行く、何度も言って恐縮だが、ここも歩道は白ペンキで仕切られただけ、舟生川を渡った先で田んぼの中の農道に避難、線路は右50M、3M盛土を行き、反対側は100Mで丘陵、
11:46 440.5KPを過ぎる、農道はこの先旧道に入り、さらにまた、 |

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12:01 お昼のチャイムが鳴った頃、21号線に戻る、今度はやけに立派な歩道あり、線路右手90M、その先200Mで丘、左手は丘陵が500Mほど後退した。
12:15 北陸自動車道が右斜めに跨ぐ、442.45K辺り、この辺り一時的に左から丘が押し、線路と国道21号線が並ぶ。なお442KP辺りでは右手真横に伊吹山の美しい姿を望める。
12:27 仏光寺踏切(渡らず、443.05K)からまた農道が広い田中に真っ直ぐ伸び、少なくとも500M
はこれで行ける、左右の丘まで各々500Mと平野に出て来たことを実感する。
この先21号線は前方に張出した丘に突っ込み、線路は右小カーブ、丘の窪みを抜ける、
12:39 架道橋で線路右手に、443.8K地点、農道はさらに築堤右下に続く。
12:46 国道8号線が線路を跨ぐ、80M先に善光寺踏切(渡らず、444.32K)があり、この踏切先で上下線が大きく分岐、最大200M幅の用地に広大な旧米原貨物操車場、客車区等を挟み込む、なお、444KP近くに下り場内信号機が立ち、ここがJR東海、同西日本両社の境界となる筈だ。まだ米原駅まで2Kあるのだから、大変なスケールだ、厳冬の貨車仕分けの苦労が偲ばれる。 |
この先、自分は上り線沿いに農道をさらに進む、下り線は車両留置線の左端の丘裾近くを進み、21号線もその左手に平行、なお車両留置線が始まるのは444.85辺りなのを車内より確認。
農道の沿道では戸建て住宅を販売中、「米原駅より徒歩15分」の幟も見える、
13:01 先刻来、右手から接近中だった新幹線高架を北国街道BV(407.26K)でくぐり、続いて北陸本線井戸町踏切(0.94K)を渡り、北陸本線、東海道本線上り線方向に小道を進み、
13:10 新幹線米原電力所など入る合同ビル前に出て、敷地を巻き、 |

米原駅 |
13:15 米原駅西口に到着、駅前ロータリーに商業施設は無く、駅弁の井筒屋の3階建ビルが目立つくらい。「とうとう米原駅まで歩いたか、、、」と何故か大阪、京都ではなかった感慨が湧いて出た。ホームの構成は長くなるので省略します、東海道本線の場合、446KP
が上りホーム出外れ15Mに立つ。駅東側は旧国鉄用地を挟み近江鉄道ホーム、同留置線があって250Mで集落、裏手はすぐ丘となる。 |
13:32 出発、新幹線盛土右下を進む、盛土の東側を在来線が平行、線路沿いの窓無しの大きな建屋は鉄道総合技研の研究所、車内からだと静態保存中の新幹線試験車の姿がちょっとだけ見える、道の右手は肥沃な広田が展開する。
13:49 新幹線が在来線を跨いで直進、447.3K地点で、線路はここから彦根方に右大カーブ。この先300M、新幹線盛土下の小道は、右手に平行する自動車道路に合流、広田はますます広く,一枚一枚が並外れて広いのが特徴、八郎潟付近の田んぼに似ており、埋立地なのかもしれない、なお上り場内信号はこの先447.8K辺りにある。
14:21 矢倉川を渡る、30M幅の澱んだ用水だ、線路は449.2K辺り、なお線路はこの川を448.6K辺りで跨いでいる、この辺り看板を見るまでは第2名神と見紛ったほど立派な米原バイパスが工事中、前方の低い丘上に尾根城の天守閣と櫓が見えてきた。 |
道路左、線路との間に調整池と公園が挟まる辺りで、
14:35 弁天踏切(450.45K)脇に出て見る、この先451KP辺り、小丘の斜面に佐和山城址の大看板が線路を向いて立つ、もう駅まで1Kと無い。
この先広幅の自動車道から離れ、住宅街の道を数度曲って、NTT彦根松原住宅を過ぎ、
14:55 橋上駅の彦根駅に到着、ホームは下りが島式、上りは以前は改札口直結だったであろう片面ホーム、451.8KPはペンキでただ「8」とホーム壁に記入、 |

彦根駅 2013年12月24日 |
上り電車は15分待ち、発泡酒を買込んで乗込む、米原での接続も良く、これだと浜松まで直行、米原では満員だったが大垣で座れ、浜松の接続は3分、ねぼけまなこで慌てて乗換える、ラッシュアワーで満員の電車は掛川で運良く空いた、まだ立っている人がいる。
静岡駅では、今夜のムーンライトで引返す373系の始発東京行を35分待つ、列にリュックを置いた後、ホーム立売りカウンターでおでんに熱燗を2合、夜行で来て20K近くを歩いた後の至福のひと時だ、リクライニング席に収まり、これで目を覚ませば川崎だと踏んだのだが、隣席は40代、メタボの典型のような人、悪気は無いのだが、どうしてもお肉が自分の席にはみだし、これが結構圧迫感がある、、、背広のビジネスマンだし途中で下車すると見たが、ナント小田原でも下りない、この人デブ鉄っちゃんかな?それならと自分の方が追い出されるように下車、小田急ロマンスカーに600円を投資、帰宅は川崎経由の373系より30分早い22時45分、マーいいんじゃないの、、、 |
(31) 彦根ーー近江八幡 22.4K 2004年3月31日(水) 曇り後晴風強し
2日置いてまた出掛ける、今夜は輸送力列車:臨時ながら91号が運転され、これだと豊橋で長い時間調整をして、名古屋方面始発列車の任務も兼ねる定期ムーンライトより約1時間早く歩行開始となるし、充当車輛の189・183系は373系と異なり、デッキと客室の仕切りが完全で、ワイド窓でない分、車内の熱が逃げず寒くないので歓迎の筈が、平塚駅より乗込んだらサー大変、189系初期ナンバーの9号車は、夕方から降出した結構強い雨が、蛍光灯の支持金具など天井の隙間を伝い、特に曲線に差し掛かった時など筋になって流れ落ちてくる、1~10番のAB席がびしょ濡れで使用不能、旅客は他に誘導されたようで誰もいない、自分の7Cを含めCD席は座るには支障ないが、床が濡れておりいつもの様に靴は脱げない、車掌は本来業務があるのか、いずれにせよ姿が無い、他の乗客も含め落着かない道行となったが、沼津辺りで雨が止むと急速に乾き始め、いつの間にか眠りに落ちて、気が付いたら豊橋、そのあとも大垣まで良く眠れた。ポンコツの我が身に照らし「こんなボロ電車早くお釈迦にしろ、、、」と責める気にはならなかった、、、 |

彦根駅前からお城方向を望む(ちょっぴり見えます) |
6:57 彦根駅を出発、彦根初代藩主、井伊直政の馬上像が置かれたロータリーを出発、通勤客が奥さんなどの運転で次から次へとやって来る、ちょっと早いが京阪方面へはこの時間が最適なのだろう。
線路右手近くの道を行く、ここでも通勤客が大勢駅を目指す、反対方向に進むのは自分1人だけ。
7:08 近江航空踏切でJR・近江鉄道両線を渡る、452.6K、たまたま貴生川行223号単行が過ぎた、車内からもよく見える彦根女子高沿いに進むが、架道橋で右手に戻り、
7:20 芹川を渡る、鉄橋の袂が453.3K地。 |
7:30 旧道の風情ある道を進み、高宮街道踏切で左手に、453.86K、踏切脇のライオンズマンション10Fの反対側に隠れる近江鉄道の小駅を訪ねる。
高宮街道の街並み → |
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7:33 彦根口駅着、曇天のせいもあるが、黒くくすんでかなりくたびれた木造駅舎、年老いて元気の無い駅員(?)が1名、
この先線路左手すぐ、低い柵で仕切られた道が伸び、近郊型は勿論、485系に「はるか」など特急電車、貨物列車も色を添え、車種が多く見ていて飽きない。線路右手は454.15Kから500Mほど松下電工の工場・事務所が占める。
7:48 国立印刷局彦根工場の正門前を過ぎる、「おさつ街道」と標識があった訳がこれで判った。454.7K辺りになる。
← 近江鉄道:彦根駅口駅 |
7:55 南彦根駅に到着、相対式ホームの橋上駅、米原方出外れに455KPあり、1981年6月の開設で、東側に滋賀銀行の他、地場から大手スーパーに成長した平和堂本部を中心に大型商業施設がある。
8:05 出発、進行右手を行き、すぐ彦根地方合同庁舎前を過ぎ、この先道が行止り、駅から500M地点の架道橋で左手に、新築間もない戸建住宅が数十軒、それを過ぎると周囲は閑散、
8:16 琵琶湖に注ぐ犬上川の岸辺に、鉄橋は右手約200Mを行き、455.9K~200M長と車内より後日確認。 |

南彦根駅 |
川を渡ると昔からの集落に入り、田んぼも多くなり、
8:31 線路方向の道が無いなか小道を繋ぎ、彦根市金剛寺町信号に至る、線路から500Mも離れてしまった、車内から見ると456.8Kに相当する、この先457地点の架道橋で右手に移り、進行右手の広大な田園地帯にもちょっと触れ、
8:48 太鼓踏切(457.6K)で左手に戻り、線路左手すぐの道を見付け500M程、 |

河瀬駅 |
9:00 河瀬駅着、下り片面、上り島式ホームの橋上駅、目下区画整理事業を施行中で、駅前から真横の東南方向に伸びる(拡幅?)大通りが完成真近だった。
9:13 農業倉庫の一部を利用したJA直営売店が目に付くくらいで閑散とした西口を出発、すぐ道なりに昭和電工(アルミ)の2車線構内道路となる、
9:20 昭和電工工場正門前を過ぎる、458.9KPが近く、駅からちょうど500M地点となる、線路反対側は「シミズ」という中規模工場が建つ。 |
9:27 跨線橋が線路を横切る、459.4K地点、ここで工場敷地は尽きる、跨線橋に上ると眺望が良く、広大な田んぼが1Kほど先、台地端の樹林帯まで伸びる、線路は2.5M高の築堤で進む。
広田の中の農道を行くも小用水の先で行止り、いろいろ探したが、結局右手200M、歩道付きの2車線道路に押出され、
9:54 宇曽川を渡る、橋長100M、鉄橋が左150Mを行き、460.8K地点だった。なお、台地の端の樹林に見えたのは天井川の幅広の堤防に育った樹木で、460.3K辺りだった。
9:58 道なりに架道橋で線路左手に移る、線路近くに道が伸びる。
10:04 聖泉女子短大のキャンパスが左手、田んぼの先250Mに見える、
10:11 彦根信金、滋賀銀行が向い合って建つ、この先すぐ右折して旧道に入り、 |
10:18 稲枝駅着、南側に木造モルタル造りの平屋駅舎、ホームは相対式、462KP立つ、小さな駅前広場あり、周囲は新興住宅が進出しつつあるもののまだ農村の雰囲気も濃厚、駅舎にも汽車旅時代の雰囲気が残る。
10:33 出発、線路左手近くの道を約1K行く、この辺り、線路の両側は広い田園地帯。
10:49 橋りょうをくぐり線路右手に、463.05
K地点、300M先、樹林帯の小高い台地が左右に展開するが、多分天井川:愛知川の堤防だろう。 |

稲枝駅 |
10:55 上稲葉信号で県道2号に入る、線路は田んぼを挟み左300M、堤防と同一レベルになるため築堤を上る。 11:02~11:05 愛知川を渡る、やはた橋は300M長、橋の中央で能登川町に入る、鉄橋は左250M、463.5~463.8K辺りとなる。
橋を渡った沿道、特に左手線路との間は、新木産業の大工場が数棟並び壮観、464KP辺り。
11:21 道なりに平地に降りて来て左手の線路と並ぶ、ちょうど465KPが立つ辺りで、沿道には不二家具店が大きな店を構える。この先程なく垣見踏切を渡り、 |
能登川駅 |
11:30 能登川駅に到着、下り片面、上り島式ホームの改築橋上駅、465.7K地点、歴史を感じさせる街だが、そのためか旧市街側の東口は駅前まで商店街が迫り、バスの発着もあって手狭感が強い、その分西口は地場の大型商業施設が展開、賑わっている
11:43 出発、線路左手近くの道を行き、300Mで右手線路近くの住宅街の道に移る、線路左手、丘を背に県立能登川高校が建つのは466.2K辺り、彦根駅からここまで、主に琵琶湖沿岸の大平野を歩いて来たが、駅左手に丘陵が近付き、この駅からは少々雰囲気が変る、なおこの丘陵、南彦根駅付近からも遠望された。 |
11:58 能登川踏切に道なりに出る、466.76K、この先は線路から少し離れ農道が500Mほど伸び、田んぼを挟み左手に線路を見ながら進む。
12:18 468KPが左8~90Mの築堤上に見える。
12:25 架道橋をくぐり線路左手に、468.2
K、北須田という集落に入るが、風格のある立派な旧家が多い。
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腰越山トンネル坑口上より能登川市街を望む |
12:34 超光寺が道の右手に、裏手を線路が行く、この先集落から外れ、丘上へと少し登り出す、前方約300Mにトンネルが口を開ける。
12:42 道なりに腰越山トンネルの下り坑口上に出る、469KP~150M長、安土方の口も見える。
この先、先刻愛知川を渡った県道2号線に入る、この辺りサイクリング道が併設された県道は、国道8号線の旧道の様な道だ。
12:49 小峠を越え安土町に入る、道は下り坂に変り、また次の広い平野に入って行く、なお、この辺りから風はまだ残るが良い天気になった。
13:00 街道を行き、安土城址前に出る、彦根に比べ暖かいのか、南斜面の桜は7分咲きだ、なお、線路は峠を越えてから街道から離れ、この地点で500M程北側、広い田んぼの中を進む。
13:17~13:47 安土城址見学 小休止しているうちに気が変り、疲れて行かない積りが、上の天守閣跡まで行ってみることにして、6M幅の広い石段を登り出す、天守に至る石畳の道に面し、前田利家、豊臣秀吉の広大な屋敷跡も残り、その他往時は色々趣向が凝らされていたようで、その規模の壮大さに驚く、敵への備えよりも織田信長の権力誇示が目的の築城と言われるのも判る気がする、天守址(標高189M)には6~7分在、
さて、県道2号線はこの先市街地を迂回してさらに線路から離れるので、広田の中、用水沿いの農道で線路に近付き、
13:57 470KPを田んぼを挟み左90M、2M高の築堤上に見る、
14:08 470.5KPが同じく90M左、田んぼの向うに。 |

安土駅 |
14:13 安土駅着、北西側に木造平屋駅舎が建ち、上り片面ホームは改札口直結、下りは島式ホーム、ホーム出外れ草津方15Mに471KP立つ。
14:22 出発、線路に平行する旧道を行く
14:25 常楽寺南信号を過ぎる、街道らしい街並が残り、写真を撮る。
14:33 山本川を渡る、この辺り右手は広大な田園地帯、左40Mを線路が行く。 14:36 八幡市に入る旨の標識がある、たまたま大町踏切があり、471.82K地点だ。 |
14:44 旧道が農道に変る、周囲は広い田園地帯、線路左100Mを行く、線路は安土駅からずっと真っ直ぐ。
14:54 饒石神社に農道がぶつかり、境内沿いに線路に向い、西の庄踏切で位置確認、472.9K地点、近江八幡方は500Mほど線路真っ直ぐ、この先また農道が伸びる。
線路反対側、473KP辺り、田中に「教育センター」と看板を掲げた2種免許専用の教習所が見え、続いて473.7K辺り、今度は右手に近江八幡自動車教習所があり、次の目印は八幡青樹会病院の5階建ビルとなる。
常楽寺南信号 → |
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15:18 近江八幡駅着、上り片面、下り島式ホームの橋上駅、京都寄りに474.5KP
あり、北口は「近江商人発之地」が立ち、旧市街に通ずるのだが、ちょっと行ってみたい気もするが、南1.5Kほどあり、パス。
近江鉄道ホームのある南口には広い駅前広場があり、バスの発着も多く、商業施設もあって賑いがある様だ、以前は工場と田んぼだったと思うのだが、、、
本日はこれにて終了、一風呂浴びて冷え切った身体を暖めたい。
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近江八幡駅 |
長浜:国民宿舎「豊公荘」 16:10~16:50在 ¥500+100(ロッカー)
場所:橋上駅の長浜駅から琵琶湖方に徒歩5分、長浜城公園内に立地、桜がほぼ7分咲き。
施設:宿泊者用と同じフロントで料金を支払い、右手の風呂場に行く、外来者用ロッカーあり。
風呂場:円形の湯船が2つ、1つは白湯で、直径2.5M、5人入れば満員の小さい方が源泉風呂、他に気泡風呂、サウナ、水風呂などは一切無し、洗い場は6.
お湯:無味、無匂、鉄分で茶色く濁った二化鉄泉で10C下は何も見えない、17℃の鉱泉を加熱。
その他:1990年5月に宿泊したことあり、今夜も泊りたかったが、満員だった。 |
南彦根ステーションホテル ¥5,000(税込、朝食付)
場所:南彦根西口(湖側)、徒歩30秒、夜は意外なほど静かで、夜行疲れもあるが良く眠れた。
建物:5階建、部屋の造りは風呂場以外ユニット組立式ではなく、人の温もりが感じられる、窓を開けると隣は一般住宅だった、朝食は部屋代込み、1F、テナント食堂で取るが、7時からで行けなかった。
その他: 空いているように見えたが、出発時見ると、隣接の駐車場に石川、福井など県外ナンバーが10台余駐車中。そこそこ入っているようだ。
備品は歯ブラシだけ、石鹸、剃刀は無かった。 駅西口前の真新しいスターホテルは¥4,800、しかし自分の好みは、経営者の個性がちょっぴり滲み出たこういう個人経営のホテルです、、、 |
(32) 近江八幡ーー草津 17.1K 2004年4月1日(木) 快晴
広い駅前広場を囲み大型商業施設があるが、朝食営業の店は無い様で、こういう所にまだローカルな雰囲気を残す。 7:04 近江八幡駅南口を出発、駅近くの中高層マンションを過ぎると住宅街となる、
7:21 日吉野踏切に達する、475.6K、この踏切を境に住宅街は尽き、この先田園地帯に入り、線路左80~100Mの砂利農道を行く、新幹線高架が左約1Kを、琵琶湖西岸の山々も遠望される。
7:27 476KPが田んぼを挟み右手80Mに見える。
7:37 東光寺踏切(渡らず)を過ぎる、15M手前に476.5KPが立つ。
7:53~7:55 仁保川を桐原小橋(180M長)で渡る、鉄橋の近江八幡方で477.50K地点。なお堤防手前まで一時線路右手を歩いた。 川を渡ると市街地に入り、びわこ銀行の支店などあって、 |
篠原駅 |
8:02 篠原駅着、駅舎は北側に、ホームは相対式、478.3KPあり、駅の南側は竹藪、右手は広田が近いが駅近くの住宅街に邪魔され見えない、台地の端に位置する駅だ。
8:11 出発、この先500Mに天井川が控えるが、平行道路は無く、斜め右、北東方向に向う道路を行く、住宅街はすぐ尽き、広大な田んぼが展開する。 8:20 光善寺川を渡る、鉄橋は左400M、道が集落沿いに付けられ、こんなに離れてしまった、堤防沿いに鉄橋に向う、この辺りも堤防はちょっとした樹林になっている。 |
8:27 鉄橋近くで右岸に戻る、鉄橋の袂で478.85K地点、築堤は天井川なので高さ7~8Mもある、下の田園地帯に降り、集落を抜け直線農道を進む、左500Mの丘裾を新幹線が行く。
8:40 柿ノ木原踏切(渡らず、479.75K)に達する、この先約2Kほど、更に田園地帯が展開、目印はマンション屋上の赤い看板だ。
線路左手の国道8号線を行けば何の変哲もない区間だが、これまでの農道歩きが快適だったので、更に田んぼの中を進むことにした、用水が必ずあるのはこれまでの経験で判っており、どうなることやら、、、
8:55 矢張り幅10Mの用水が隠れていた、水は汚れドブ川の様だ、よく見ると流れの幅は狭い所で70C程、タイミングを計っていると、足元がグジュグジュしてきて、それに押出されるように慎重に飛んだ、こんな所で川に踏込んでも笑われるだけだ!鉄橋が480.15K辺りなのは帰路に車内より確認。
この先は盛土右下すぐの農道を真っ直ぐ500M余歩き、 |
9:07 錦寺織架道橋で線路左手に、480.79K地点、ここから一転、線路左手に広幅歩道付きの2車線道路が始まる、なおここまで柿ノ木原踏切から築堤左下に立派な農免道があったが、別に余計な冒険をしたとは思わなかった。
9:15 新踏切(渡らず、481.24K)に至る、この踏切から線路用地が南に少し膨らみ出し、野洲電車区が始まる。
482KP辺り、電車洗浄線の右手に先刻田んぼの先に見えた10階建ダイヤマンションと屋上の赤い矢の形をした看板が見える。更に進むと電留線が展開、数えると18番まで、482.5KP辺りだ。
9:39 483KP、ちょうど京都総合運転所事務所に通ずる専用踏切がある。ここで電車区用地は終了、後は駅に通ずる出入庫線などとなる。
この先道路右手は線路との間を住宅、マンション街が駅までまだ結構長く続き、 |
9:54 野洲駅着、下り片面、上り島式ホーム、その北側に出入区線も1本有する橋上駅、京都方出外れに484KP立つ。
駅kの南側、駅前広場は狭いが商店街の規模はマーマー、活気もある方だ、野洲文化ホールが線路に隣接して建ち、250Mで丘となる、駅右手はまだ田んぼも残る。
10:03 出発、ホーム出外れの甲賀踏切から線路沿いの道が500M程真っ直ぐ伸びる、左手は戸建住宅、線路右手は田園地帯が展開。
10:13 484.5KPを過ぎる。 |

野洲駅 |
この先、線路は野洲川を渡るため高架線となり、道路は485KP辺りより、車の入れない高架壁下の小道となる。道の左手は住宅街。
10:23 中山道架道橋(485.14K)で高架線右手の広い道路に出て、
10:30~10:33 野洲川橋を渡る、鉄橋は左150M、485.5~485.8K辺りとなる、
10:38~10:47 堤防の京都側、高架線下に出る、485.6K、鉄橋の袂はちょっと先となる、河川敷内グランドでパターゴルフ大会が開催中、小休止。
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守山市立水源地(浄水場)が河岸を占め、線路方向には進めず、浄水場を迂回、新川神社、市立幼稚園と辿る、なおこの辺りだけ野洲町域が野洲川を越え張出しており、川を渡ってしばらく行ってから守山市に入った。
11:05 西隆寺が右手に、この先、南北に過ぎる道路と交叉する角に近江鉄道バス停があり、名前はナンと「浮気」、「ふけ」と読むのだが、面白いので写真に収めた。 ← 浮気バス停 面白くも何ともないですね、、、 |
11:15 守山駅に到着、橋上駅、ホームは相対式、下りホームに487KPが立つ、東口は15階建ての高層団地が3棟、駅前広場を取囲む様に建つ、市役所などのある西口がメインの様だ。
11:25 西口を出発、線路右手すぐに道があったが、ちょっと行っただけで、
11:30 踏切で線路左手に戻る、487.33
K、左手近くにも道が伸び、
11:38 自動車跨線橋をくぐる、487.7K地点、この先線路沿いに直線道路が伸び、道の左は日本バイリーン工場で、正門は488KPが対応、線路右手は市立守山女子高だが、田んぼも結構ある。 |

守山駅 |
工場の先、左手は戸建住宅街となる。
11:53 細長い田んぼを挟み488.5KPを見る、線路右手はこの区域のみ樹林が少々。 |

栗東駅 |
11:59 栗東駅着、ホームは相対式の橋上駅、489KPあり、東口はヘイワドーを中心とした大型商業施設が目立ち、西口は小ロータリーがあって住宅街、大宝小学校も近い。
12:17 出発、久し振りに線路右手150M、県道2号線を行く、昨日愛知川を渡る時、或いは安土城址に至る際世話になった県道だ、途中のスーパーで少し早いが、発泡酒を2本仕入れて帰り車内での打上げの準備をする、これが楽しみでやっています、、、 |
12:47 草津市に入る、高架線路が左50Mに見えるが、これは東海道上り線から下り線を支障すること無く、立体交差で草津線に入る亙り線だ、なお草津線が米原方右手に分岐を開始するのは491.1K(草津線で35.5KPが立つ辺り)だった。
12:56 県道が線路を跨いで左手に移るべく上り出すが、それには付き合わず、自分のような小男でも背を屈める必要のある歩行者専用小架道橋で左手に、36KPが近い、なおこの架道橋、突然自転車を牽いた高校生が線路下から現われなければ、絶対見逃したと思う。
13:12 草津駅に到着、島式ホーム3本の橋上駅、草津線用ホームは一番東側、京都方ホーム出外れに491.5KP、草津線36.5KPはホーム京都方端に立つ。東口に隣接して草津近鉄デパートとマンションがあり、滋賀県最大の乗車人員を誇る駅だけあって商店街は大きく活気がある様に感じた。 |
これで東海道本線は、残る所、草津ー西大路、営業キロで24.7Kとなった、実は青春きっぷがもう2回分残っており、有効期間内の10日までに、全線の歩き潰しを終了したいと思っている。 |
(33) 西大路ーー膳所 14.2K 2004年4月6日(火) 快晴
今夜のムーンライトも超満員、乗車2日前にやっと取れたのは名古屋切離しの9号車1-A席、つまり373系電車ご自慢(?)の簡易コンパートメント席だ、この席は行楽グループが2~3時間、おしゃべりをしながら過ごすには良いが、夜を越すには大型テーブルを挟んで前の人と向き合う固定席だし、デッキに近く広幅ドアから停車の度に冷風が流れ込むし、通路には立客が座り込み、全く良いこと無しの席と言えよう。
尤もそれは乗車前から分り切っており、夕食後自宅で2時間近く睡眠を取って乗込んだのは正解で、まさに予測通りの展開となり、しかも今回はやけに混んでおり、名古屋から大垣まで50分立通しのおまけまで付いた。 |
8:58 西大路駅を出発、新幹線高架下の道を行き、最初に過ぎた5階建団地、マンションが無くなると、あとは中小工場が続く、線路左手は良く見えないが、コンテナが野積みされたJR貨物のターミナルが515.7~515.1K辺りを占め、続いて梅小路機関区となり、機種まで判らぬが、SL機がモクモク黒い煙を噴き上げていた。
9:13 八条壬生信号、新幹線高架は住宅、商店を挟み左50M、前方500Mを近鉄京都線が横切るのが見える、続いて大宮八条から新幹線右下すぐの4車線道路となって、
9:23 在来線すぐ右手の道に入り、京都コンピューター学院を右手に見る、514.2辺り、この先すぐの自動車道で線路をくぐり左手に移り、「リーガロイアルホテル」前を過ぎ、
北側に膨らむ鉄道用地を巻き、建物の間を縫う歩行者専用道を見付け、 |
9:34 京都駅中央口に到着、お花見シーズンでもあり、コンコースは観光客を中心に大賑わい、流石、国際観光都市の名に恥じず、外国人観光客も多い。
ホーム構成などは省略、下りホーム山科方脇に513.5KPあり。
9:47 ホーム米原方端から150M程の跨線橋の上に出る、この辺りは桜が満開、一番良い時期に訪問出来てうれしい。
9:58 鴨川を渡る、線路右手100M、右岸堤防の桜並木が満開、見事、見事、、、 |
京都駅 2013年12月24日 |
京都駅は全面改装されてから初めて、若い頃は同一行程で1週に2度も来たり、大阪万博開催時には2~3日通い詰めたこともある駅だが、これだけモダンできれいになってしまうと、何か自分と関係の無い別の存在に見えて寂しく、長居をする気持ちになれない、若い女性を含む駅員はやけに愛想が良く、これも気に入らない、かつてシーズン中の団体担当駅員は、少ない座席をやりくりして当日の輸送量を捌こうと、下手なことを聞こうものなら怒られそうな、ピリピリした緊張感を滲ませていたが、そんな物は微塵も感じらない、所詮、飽食ならぬ飽席の時代の顧客サービスなのだ、、、なんて世間に背を向けた否定的な考えが過ぎり、まだ60そこそこなのに、頭が硬くなってしまった自分に驚き、いやになる。373系コンパートメント席の疲れが出ているようだ、、、 |

京都駅 2013年12月24日
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10:09 今熊野跨線橋上に、東山トンネル坑口が250Mほど先に見える、
この先切通し線路上の小道を行く、住宅が崖っぷちまで迫り緊張する、この道程なく行止り、2M幅の頼り無げな歩行者用跨線橋で切通しの右手に、512KPのチョイ京都より。 10:15 東山トンネル坑口前に至る、511.9K~1953M長、京都駅から1.7K程来たことになる。
線路から進行左に離れ、道なりに坂道を上ると、京都女子大の敷地にぶつかり、適当に歩いたら豊国廟正門前に出た、中間の踊り場を挟み上下各150段位の石段が真っ直ぐ山頂を目指し、なかなかの圧巻だ。 |
10:35 豊国廟に到着、阿弥陀ゲ峰の山頂に位置し、標高196M、樹林の間から京都市街の一部を望む、京都御所を見下すこのような場所に自分の廟を建てるとは、秀吉も遠慮のない人だ、、、
当初は山の反対側に下れるかもと期待したが、樹林越しに垣間見える下の国道1号線まで、殆ど崖の様な急斜面に踏み跡は見当らず、
10:47 あきらめてまた石段を戻り、女子大のテニスコートなどある山裾沿いに渋谷街道に出て、300M程歩いて、
11:05 1号線に合流、まだ少し足がガクガクする、国道は先刻訪問した豊国廟の直下を過ぎ程なく東山トンネルに入るが、自分は右手一段高い所を行く旧道をさらに納骨堂入口まで上り、 |
11:25 東山隧道の左手(北側)、「花山洞」と称する今は歩行者・自転車専用道になっている隧道に入る、長さ200M余、レンガ巻のポータルなど気品さえ感ずる。
主に平行する旧道を下る、下に見える山科盆地は2K四方、住宅が密集、異様な程緑地が少ないように見えたが、まだ若葉の出ない季節からかもしれない。
11:40 「犬の甲子園」(犬の訓練所)で国道1号線と分れ、来た方向に戻る様に下り、北花山市田町で住宅地に入り、東山トンネルの坑口を目指す、道は分らず歩きは適当だが、それでも10分ほど歩いて、 |

花山洞 |
11:50 坑口すぐの跨線橋上に出る、510KPが口から10M山科方に立つ。古い方の坑口に「山紫水明、古今相X」の額が見える、営業キロで1.9Kに95分要したが、自分としては大満足です、、、
線路は山科方に緩く左カーブした後、一転R600M位の右大カーブを描き、SL時代の趣味誌に良く掲載された写真はこの辺りから撮ったものだろう、、、
12:08 御陵道橋りょう(くぐらず、509.3K)を過ぎる、盛土はこの辺りで5Mある、
この先も築堤南下に近い平行道を行き、ちょうど509KP下の三条信号、508.5KPの右手200Mに建つ京都薬科大校舎など見ながら住宅街を駅に。 |

山科駅 |
12:26 山科駅に到着、線路は2.5M程高い所を行く、島式ホーム2本、508.2KPあり、京阪京津線ホームは地平レベルに隣接、狭い駅前広場に隣接して商業施設、ビジネスホテルの入った一部5階建ビルがあり、JR駅は改装中だった。熟年男女を中心とした桜見物の人出が凄い数だ。
12:48 山科駅で購入した京都駅鯖寿司弁当で昼食後、出発、京阪線の左すぐの道を行く、車両は全てパステルブルーニ塗られた800型4連、市内電車の歴史を引きずり車体幅が狭く、台車をやけに身近に感ずる。一時JR線の左手も歩き、諸羽道架道橋(507.8K)で戻り、 |
13:04 京阪四宮駅着、JR高架線まで200M位、
この先JR線の左手に出て、第一疎水の流れに沿って歩く、岸辺の長い桜並木がまさに満開で、心が浮き浮き、今年のお花見はkろえで満喫した、
13:28 山にぶつかり山裾沿いに右手に進むと、逢坂山トンネル(2325M)の坑口上に出た、6本のトンネルがあり壮観だ、南側が東海道本線で、506.4KP地点となる、なおこの逢坂山トンネル辺りは滋賀県大津市で、どこで県境を越えたか、川や峠など、別に地形的な境は無かったように思うが、、、 |
このまま山を越える道は無く、いつの間にか500Mも離れてしまった京津線を追っかけ軌道修正を図り、 13:48 京阪追分駅着、盆地の端、ここから先は山です、、、といった感じの駅で、駅右手を国道1号線が行く、駅周辺はまさに住宅開発の真っ最中だった。
しばらく行くと谷幅は100Mに狭まり、左手丘腹の高く切立った所を名神高速が、国道1号線の真ん中を京津線が行くようになり、
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14:17 ちょっとした平らな地面を見付けて嵌め込んだ様な大谷駅に到着、ウナギで有名な料亭「兼平」があるが、今日は先を急ぐ。
この先京津線も逢坂山トンネルに入り、その入口辺り、日本橋起点486.65K辺りが1号線のサミット,、ここから下り坂が始まる、なお鉄道トンネルは山頂部分だけの250Mと短く、抜けると左急カーブで1号線と並び一緒に下っていく、トンネル内のサミットと浜大津駅の標高差は74Mもあり、電車といえどもきつい行路だ。
14:40 道なりにJR線路を跨ぐ、10M離れて跨ぐ京津線鉄橋のすぐ先が、逢坂山トンネルの大津方坑口で、504KP辺りとなるが、いつ見ても急峻な山の陰で、薄暗くボンヤリした所だ。 |

大津駅 2013年12月24日 |
14:47 少し小高い所を行く線路を右にして進み、大津駅に到着、島式ホーム2本は盛土の上、駅舎の2階部分に相当、503.5KPあり、
琵琶湖岸まで500Mほど、広い駅前広場のある湖側に高層ビルは全く無く、一段高いホーム南側台地に高層ホテルやマンションが並ぶ。 14:54 夜行疲れが出て来たが、もう一駅頑張ろうと、線路進行左手の広い通りを行き、滋賀県庁舎、続いて合同庁舎前を過ぎる。道なりに湖岸方向に持って行かれ、 |
15:05 京阪石山坂本線の石場駅に到着、国道を挟みNHKセンターが建つ、駅近くの小公園でまた小休止、この辺りは湖も近い。
15:23 出発、この先は住宅街を進み、
15:31 諸子架道橋(502.31K)で右手に、くぐった所に市の総合支援センターが建つ、もう駅はすぐだ。
15:50 駅舎のある湖側に戻るのに手間取り、膳所駅に到着、留置線が山側に4本、湖側に1本あり、自由通路は90Mと長い、島式ホームが2本、502KPがホーム中央辺りに立つ、開業時の大津駅はこの駅だったそうで、そのせいか構内は広い、なお膳所という地名は、大津京に献上する食材(お膳)を集めた場所に由来するそうで、いつまでも大切にして貰いたい地名だ。 |
今日はこの膳所駅で終了とする、西大路駅から営業キロで14.2Kを7時間近く掛けて歩いた、いつもなら20Kは歩いている筈だが、途中に立ちはだかった東山、逢坂山の存在が大きかった。
夕食は大津駅2階のビアレストラン「吉祥」で、ミックスフライなどを肴に一杯やった、いよいよゴールが見えてきたせいか、生ビールがとてもおいしい。
結構疲れ19時過ぎに就寝、23時にトイレに起きて、また4時までグッスリ眠れた。 |
ビジネスホテル湖月 ¥4,500(SB /オール込)

左手、商店街の裏手を線路が行く |
大津駅から京都方、線路沿いに200M、線路を背にして建つ5階建て鉛筆ビル、先刻前を過ぎて見ており、直接行ってみた。
1階はテナントの料理店、フロントは2階、家族経営の小ビジネスホテル、308号室は窓を開けると上り外側線が目の前、ベッドはセミダブル、トイレ・洗面所は狭く、クローゼットも無い、夜はマー静かだった、明方、上りコンテナが団子になって通る時間帯がある様だが、自分はもともと列車の走行音は気にならず、よく眠れた、第一、この頃の高速コンテナ貨物の走りは、新幹線のそれに近く、静かで物足りない位だ。
なおこのホテル、深夜から6時半まで、防犯のためエレベーターを停める、昨夕フロントにいた男性にそっくりなおばあさんに見送られ、6時35分にホテル出発、自分は気に入ったが、、、 |
(34) 膳所ーー草津 10.5K 2004年4月7日(水) 晴朝薄曇り

膳所駅 |
大津駅から一駅だけモハ222-1に乗車、
7:02 膳所駅を出発、南口前を平行する国道1号線を行く。
7:08 右手にヤサカ観光バスの営業所があるが、「移転の御知らせ」が貼ってある、右手には巨大なゴルフ練習場が目立つ、駅からちょうど500M地点。
7:30 国道歩きは退屈なので、滋賀病院の先で左折、線路端に出て見る、500.1KPがあり、それならと線路と民家の間の細道を、居住者の怪訝な顔付きを気にしながら進み、 |
7:31 ひっそりと隠れる様に立つ500KPを確認、線路左手はお寺と墓地、続いて小さな畳屋さんが見え、車中から見ても至極平凡な場所、写真は撮らず、逃げる様に(?)線路左手に、499.86K地点。
7:37 京阪石山坂本線が道を跨ぎ、続いて東海道本線も渡る、499.5KPが立つ。
途中から関西日本電気の大工場沿いに歩き、出勤途上の工員の群に逆らう様に進み、 |
7:45 石山駅に到着、島式ホーム2本の橋上駅、499.1KPあり、左手は駅前にも正門があるNECの工場、右手に京阪の駅、商店街、そして線路からは見えにくいが東レの工場も近い。
7:55 出発、街中を線路方向にしばらく進む、この頃から晴れてきた。 |
石山駅(NEC工場側) |
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8:04~8:06 瀬田川を180M長の橋で渡る、鉄橋は左200M、498.7~498.45K辺り、琵琶湖から出る唯一の河川だが、琵琶湖に流れ込む多くの河川の水をこの河だけで排出できるのが不思議だ。
渡るとSANYOの大工場が1号線の両側を占める、堤防下にはグランドと25Mプールもあったが、これは地図によると大津市営とある。
8:16 大江2丁目で左の住宅街の細道に入ってみたが、グルグル回って効率が悪く、また1号線に戻り、
← 瀬田川鉄橋 2013年12月24日 |
8:30 瀬田駅着、島式ホーム2本の橋上駅、496.5KPが米原方に立つ。駅前は整備され、上の6階部分をホテルが占める高層ビルなど2棟、他に滋賀銀行などが駅前広場を取り囲む様に建つ、街道から駅に至る沿道にも京都銀行など金融機関が多く、活気のある地域のようだ。路線バスは帝産湖南交通で、初めて見る会社だ。 8:54 駅前のお好み焼屋さんのモーニングで朝食後、出発、さらに1号線を進む、
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瀬田駅 |
9:03 月輪1丁目三叉路、国道から南に伸びる道路を新設工事中で、近々四つ角になるだろう、線路は左200M。 9:15 道なりに草津市に入る、左手に倉庫会社、その先線路との間はゴルフ練習場の巨大ネットが占める、線路との間は200M。
ゴルフ練習場がこの先線路との間にもう一つあって、
9:20 小用水を渡る、天井川で国道は緩く上下して跨ぐ、線路は左130Mと近付いた。 |

南草津駅 |
9:37 南草津駅着、島式ホーム2本の橋上駅、494KPが京都方端に、94年9月開設の新駅、国道側の東口が発展、駅の2階レベルに直結した市立図書館など入る商業ビル、3棟のマンションなどが、ゆったりした駅前広場を取り囲む。西口は広大な更地を目下住宅地に造成中だが、現在は11階建てマンションが2棟あるのみで寂しい。
9:43 出発、線路近くの住宅街を行く、
9:52 ニチコン滋賀工場が線路との間を占める、493.4K辺り、塀沿いの若木の桜並木が満開だ、この先旧道の雰囲気を残す直線道路に変る、線路は左200Mを行く。 |
10:01 (新)草津川を渡る、鉄橋は左180
M、492.8K辺り、国道1号線は右200M程に離れた、この川は天井川で有名な旧草津川を、市街を迂回して南側に付け替えたもの、工事の完成は2002年とまだ最近の事。
10:17 水の流れていない(旧)草津川の堤防上に出る、一段高い所にあるから見晴らしが利き、堤防下を線路がくぐり約200M
先の草津駅ホームに入るのが見える、大木に育った堤防の桜並木はちょうど満開、お花見する人で賑わっていた。 |

旧草津川堤防をくぐる線路 |

草津駅 2004年4月1日 |
10:26 草津駅に到着。ホーム京都方出外れに491.5KP立つ。
これで東海道本線は全て歩いたことになる、JR全線乗り潰しの仕上げの頃は「ちょっとバカげたことに貴重な時間をさいたかな?という思いに時々駆られたが、今回はそれは無く、年のせいもあろうが、バカ騒ぎのできない性格の自分も強く爽やかな達成感を持てた、妻にも感謝しなくては、、、 |